【新宿店】4F一杯の珈琲商店 【コーヒー対談】粕谷哲バリスタ・岩野響さん対談 拡がる二人の世界 ~前編~

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こんにちは。
新宿店4F「一杯の珈琲商店」店主の向井です。
今回はコーヒー業界の次代を担うお二人の公開対談の模様を前編・後編に分けてお送りします。
2016年にコーヒー抽出の腕を競うブリュワーズカップ世界チャンピオンに輝いた粕谷哲バリスタ。
そして、17歳という若さでコーヒーの焙煎人として活躍されている岩野響さん。
今回表参道にオープンした岩野さんの焙煎所に粕谷バリスタをお招きしての対談です。
前回の対談(←https://hands.net/hintmagazine/kitchen/coffee-1811.html)から1年。
お二人のコーヒーは、どのように進化したのでしょうか?
そこには意外な共通点がありました。

岩野さんの新作コーヒーに込められた想い

向井(司会):今日はお集まりいただきありがとうございます。
2018年の秋にお二人の対談企画を千葉県の船橋市の粕谷バリスタの焙煎所「フィロコフィア」にて行いました。
その時の対談記事は今でも閲覧数が増えている人気記事で、お二人の注目度の高さを感じています。
前回、岩野さんのコーヒーを粕谷バリスタに召し上がっていただく、というセッションを行えませんでしたので、昨年末にオープンした岩野さんの焙煎所に粕谷バリスタをお迎えしてそれを実現したく企画しました。
それでは、まずお二人それぞれ岩野さん焙煎の豆でコーヒーを淹れていただきます。

○心地よい緊張感の漂う中、岩野さんのネルドリップ独特のお湯をゆっくり丁寧に注ぎ入れる抽出にお客様の注目が集まります。

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○一方粕谷バリスタはペーパードリップで鮮やかな手つきで抽出。
淹れ方のスタイルも岩野さんとは対照的です。

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向井:お二人ありがとうございました。それではまず粕谷バリスタから岩野さんのコーヒーの感想をいただけますか?

粕谷:やっぱり旨いですね。「自分の豆の特性を理解して抽出してるなぁ」という気がします。

向井:岩野さん、粕谷さんが淹れたご自身のコーヒー、いかがですか?

岩野:全然自分の淹れたものと違いますね。美味しいです!
僕のメインの抽出方法はネルドリップなのですが、淹れ方が変わったことで、美味しいことにプラスして、味わいの角度が変わるなぁ、というところが再確認できました。

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粕谷:「狙い」が違いますよね。ちなみにペーパードリップでも岩野さんの淹れた方法に近づけることはできます。

向井:お客様からも感想をいただきます。いかがでしょうか?

お客様:全然味が違っていて・・・
「同じ豆でも淹れ方でこんなにも違うのか」と感じました。
甘味の感じやローストされた深さの部分の味わいの出方が、随分違うんですね。

向井:岩野さん、この豆は「描写」という名前でこの焙煎所のオープンに合わせて新発売されたそうですが、このコーヒーのことを詳しく教えていただけますか?

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岩野:今回の飲み比べで明確に分かったと思うのですが、淹れる人によってコーヒーの味わいって変わるんですよね。
僕はそこがコーヒーの面白いところの一つだと思っているので、ホライズンラボとしてそこにフォーカスした豆をつくってみたい、ということでつくったのがこの豆なんです。
深煎りをベースにしていますが、淹れ方によって味わいが変わるよう工夫してつくりました。
今回淹れ方で味が変わったので、ただただ「面白いなぁ」と思いました。

向井:「描写」の豆で意図したことが、粕谷バリスタに淹れていただいたことで表現できた、とお感じなのですね。
さて、前回の対談からの1年、粕谷バリスタはこの1年どのようなことを取り組まれていましたか?

世界チャンピオンが挑む、新しい深煎りコーヒー

粕谷:個人的には慈善活動を沢山やるようになった、というのはあります。
それとは別にコーヒーに関して、
「深煎りコーヒー※(←末文に解説があります。)の見直し」をこの1年ぐらい行ってきました。

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岩野:それが意外ですよね。僕はイメージで、粕谷さんはスペシャルティー(高品質)コーヒー・浅煎りのプロフェッショナルと思っていたのですが、深煎りをもう一回見直すとは意外ですね。
どのような心境からなんですか?

粕谷:深煎りに取り組むきっかけの一つは、ビジネスの観点からです。
僕の活動しているスペシャルティーコーヒーの世界では「スペシャルティーコーヒーは全生産量の上位5%しかないんです!」という事に力点を置いて説明がされます。
でもそれって、「5%の人にしか届けられないってことじゃないか」ということに気が付いたんです。
それに対してその他のコーヒーは全部をカバーしていてそれぞれの狙いを大まかに見ると、「深煎りか浅煎りか」とも言える、と思ったんです。
ということは、大勢の方に届けるためには、「深煎りという手段を使わない手はない」と気づいたんです。
深煎りをいろいろ勉強して抽出はネルドリップに行きついて、焙煎方法も大きく変わりつつあります。

岩野:なるほど!粕谷さんがお使いの焙煎機(熱風式のスマートロースター)と同じ機械を僕も使ったことがあって、その経験からあの焙煎機で深煎りは難しいと思うのですが。

粕谷:そこを分かって貰えて嬉しい。その通りです。
でも、その焙煎機でも諸条件整えれば、深煎りをできるということが分かったんです。

向井:粕谷さんは、浅煎りが主流のスペシャルティーコーヒーの世界で実績を積まれてきたわけで、それを続けていくこともできると思うのですが、新しいことに挑戦しようとする燃料はどこから湧いてくるのですか?

粕谷:むしろずっと同じことやっている方が、「燃料使うんじゃない?」って、僕は思うんですけどね。

一同:(感嘆の声)お~っ!

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粕谷:ずーっと、同じイメージで居続けなければいけないという方が、僕にとっては大変。
そのしがらみ抜けて新しいことやっていると、評価してもらわずに済むので、僕にとっては楽なんです。
他人の目を、僕自身はあまり気にしませんし。
だから、僕は常に「回遊」しているという・・・。

一同:回遊!(笑)

粕谷:ゴールというものを設定していないというか、走り続けていることがゴールなので。
でも周りからは心配されますね。
「せっかくの地位を・・・」とか。
でも僕にとってはそっちの方が楽ですね。(笑)

岩野:非常に柔軟な方っていうのが、意外ですよね。

粕谷:なんでか、世界チャンピオンになると、強情っぽいイメージ持たれますよね。(笑)

岩野:勝手に思っちゃいますね。(笑)

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コーヒーを起点に、世界を拡げる二人

向井:ちなみに慈善事業というのもコーヒーにリンクするんですか?

粕谷:エチオピアに僕がお気に入りの、すごく美味しいコーヒーをつくっている農園があるんです。美味しいコーヒーをつくっているのに労働環境が劣悪で、そこへの問題意識から周辺環境改善プロジェクトとして支援をすることにしました。
ラオスの方は知り合いに難民支援をしている方がいて、「コーヒー豆を買い叩かれているので支援して欲しい」と声がかかりました。
今後気候変動によりコーヒー産地が移っていく中で、緯度の高いラオスで生産に取り組むことで成果がでて、「農家さんが豊かになってゆくのではないか」ということでお手伝いをしています。
慈善事業と言った通り、見返りは求めず自腹で行っています。

向井:前回の対談の際、記事には収録されなかったのですが、粕谷さんが「足りるを知る」とお話されていたのが印象的でした。これからは自分の時間やスキルを自分のためではなく、「コーヒーをあらゆる場所に届けるために使うんだ」って仰っていました。その通り実践されているんですね。

岩野:スゴイ行動力ですね。やりたいと思う人は多くいても、それを行動としてできる人は少ない。

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粕谷:そこをできるのが、世界チャンピオンになった最大の報酬。
こういう立場にならないとできないことはあります。
それを恩返しに使うというだけです。
僕は足りているので。(笑)

向井:行動と言えば岩野さんも、素敵な焙煎所がオープンして凄いですね。前回の対談の時にこのような焙煎所ができているとは夢にも思っていませんでした。
いろいろご苦労あったんじゃないですか?

粕谷:この焙煎所は、凄いよね!

岩野:こちらにお店を開くにあたり、「どのようにやるのか」というのはいろいろ考えました。
もともと群馬の桐生でコーヒー豆を販売するお店をやっていましたが、お店は閉めて通販やお店への卸をやっていたんです。
「お店を再び開く」というのは僕にとって大きな決断でした。
最終的に原点に立ち返って今まで活動の軸にしてきた焙煎を前面に出して、まだ認知されていない焙煎そのものを知ってもらえるお店にしたいと。
またこのお店では洋服も一緒に販売しています。
(こちらの焙煎所は岩野さんのご両親のアパレルブランド「HAMON」との共同店舗)
僕のコーヒー観としては、「コーヒーありきのコーヒー」とは思っていないんです。
「コーヒープラス外的要素」「コーヒーと環境」「コーヒーとその人毎のライフスタイル」に寄り添うものだと思っているので、そういったものを空間の中であえて混ぜることで ホライズンラボらしさを出せるといいな と思っています。

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向井:こちらの焙煎所に最初にお邪魔していただいた最初の一杯で思ったのですが、よりすっきり美味しくなりましたね。
何か工夫されているんですか?

岩野:この焙煎所に移るにあたって新しい焙煎機を導入しました。
商品構成も焙煎機にあわせてリニューアルしました。
思ったよりスムーズに移行できたと思います。

逆のように見える、二人の挑戦の共通点とは?

向井:そして先日伺ってびっくりしたのですが、岩野さんが今度チャレンジされたいのは・・・。

岩野:はい。今度浅煎りにチャレンジしようと考えているんです。
次の「季節のコーヒー」は浅煎りに挑戦しようと思っています。
粕谷さんのお話を聴いて(お互い別の焙煎法に挑戦するという面で)なんだか面白いなあと。

粕谷:深煎りか浅煎りの違いはありますけれども、お互い新しいことに挑戦しよう、というのは一緒だと思いますね。

向井:「岩野さんのコーヒーは、深煎り」という、イメージがある中で、浅煎りコーヒーにチャレンジされようとした理由はあるのですか?

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岩野:これから季節ごとにコーヒーを発表していくにあたって、
「より独創性を拡げていきたい」「自分の腕を上げていきたい」という想いがきっかけになって、今までホライズンラボで出したことが無い浅煎りもやってみようかな、と思いました。コーヒーって、「深煎りだと苦い」「浅煎りだと酸味がある」みたいな味の固定概念があるので、僕はそこを曖昧にしてみよう、固定概念を壊して柔軟なコーヒーを創ってみようと考えました。
 自分は深煎りが向いているな、と自分自身でも勝手に思っていたので、一回そんなときがあってもいいのかな、と。浅煎りのテンプレート(定型のレシピ)で焼くのではなく、僕なりに浅煎りを再解釈して創り上げたい、ということでいわゆる普通の浅煎りコーヒーとはまた異なった面白い味わいになっています。

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向井:岩野さんの浅煎りコーヒーは、20年3月発売予定の「季節のコーヒー」で飲めるということで楽しみです。
春ということで、新生活でコーヒーにチャレンジされたい方も多いと思います。
一言ずつアドバイスをいただけますか?

岩野:僕が自分でコーヒーを淹れる理由としては、「コーヒー豆を自分好みの味にチューニングできるから」と思うんですよね。
自分のベストだと思うコーヒーが「ネルドリップだと淹れやすい」という理由で僕はネルを使っていますが、
その人ごとに例えば、「フレンチプレスがぴったり」というようにご自分にあう器具があると思います。
その日の気分に合わせて淹れ方を変えることで、味は変えられます。
それが様々な抽出器具が存在する理由だと思います。
自分らしくラフな感じで、使い分けてもらえれば、と思います。

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粕谷:今のお話に近いんですが、「美味しくないのが、できても良い」と思った方が良いと思います。
「こんな日もあるよね!」というような自分を許容することと言いますか、上手くいかなくてもチューニングをミスったな、と思える余裕を持つことで、コーヒーを淹れることが楽しめると、最近気づいています。
 どうしても僕も自分の淹れたコーヒーにダメ出しをしてしまいがちなのですが、そこを許容する、というか、意識的に最近は受け入れるようにしています。

向井:世界チャンピオンが失敗も含めて楽しもう、と発信されているのは初心者の方にとって勇気づけられるコメントですね。

岩野:そうですね!

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~後編に続く~

 後編では、コーヒーに留まらない岩野さんの創作活動を中心に話題が展開しました。
意外なお二人の共通点も飛び出します。
お楽しみに。

(補足説明)
※コーヒー豆は生豆を焙煎して作られます。焙煎の度合いを変える事で同じ豆でも味わいや質感、香り等が変化します。焙煎度合いが浅い豆を浅煎り、深い豆を深煎りと言って、一般的に浅煎りは果物のようなすっきり華やかな個性的な香味に、深煎りはチョコレートの様な重厚でコクのある香味になります。豆の特性を見極めて適切な焙煎を行うことが、焙煎人の腕の見せ所です。またスペシャルティー(高品質)コーヒーは豆の個性を活かすため、浅煎りとするのが一般的です。

お二人のコーヒー豆は東急ハンズ新宿店にて取扱をしております。

粕谷哲さんのお店「フィロコフィア」(←https://philocoffea.com/

岩野響さんのお店「ホライズンラボ」(←https://www.horizon-labo.com/

営業日・営業時間については、それぞれのお店のWebサイトにてご確認ください。

写真:栃久保 誠
文責:向井(『一杯の珈琲商店』店主)

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