1659年9月30日、乗っていた船が難破して、大西洋上の無人島に一人、流れ着いた時、ロビンソン・クルーソーはどうしたか?
岩壁の下にテントを張り、テーブルといすをつくり、穴蔵を掘って生活を整えた。しとめたヤギの脂でランプを灯し、釣った魚を日干しにして保存し、栽培した大麦を製粉してパンも焼けるようになった......。そして、厖大な時間と労力を費やして傘をつくったのである。デフォー作のベストセラー小説「ロビンソン・クルーソー」での出来事。子供の時に読んで、波乱に満ちた冒険譚に胸をときめかせた人も多いだろう。
「傘は是非とも欲しかった道具で、何としても作りたいと思っていたのである」。ロビンソンの思いをデフォーはそう記している。英国の裕福な家庭に育ったロビンソンが傘をつくったことはなかったが、畳んで持ち運べるよう試行錯誤を重ね、表側に毛皮を張り付け、どうにかこうにか使える傘をつくり上げた。
しかし、なぜ傘なのか? 彼がつくった傘は、今でいうところの晴雨兼用。赤道に近い、灼熱の孤島でのサバイバルに欠かせなかったのだろう。その傘のおかげで、強い日差しを遮って暑さをしのぐことができ、雨天で活動しても濡れず、快適に暮らせるようになった。
『ロビンソン・クルーソー』が出版されて、来年でちょうど300年。その間、科学は格段に進歩し、AI(人工知能)が人の仕事を代行し始め、地球の裏側の人とも瞬時にコミュニケーションできるデジタル全盛の時代となった。しかし、傘は、ロビンソンが大自然相手に悪戦苦闘していた時と変わらない必需品だ。特にこの夏は、炎天が続き、豪雨を伴う台風がたびたび日本に上陸したこともあって、サバイバルの道具として例年になく注目を集めた。
実際、東急ハンズでは今年8月の傘の売り上げが昨年同期比で3割近く増えたという。男性を中心によく売れているのが、「hands+(ハンズプラス)」という同社オリジナルで、超撥水の自動開閉式折り畳み傘。生地に、東レが開発した撥水性の高いハイテク繊維を使っている。さらに耐水性を高め、雨が裏地に浸みにくくするため、東急ハンズの企画担当者や品質担当者らがメーカーと何度もやりとりをした。ロビンソンがこの傘を使ったら、どんなに喜んだことだろう。
「傘メーカーでないからこそできる傘をつくりたかった」。価格は大きさなどによって違うが、5000円前後と決して安くはない。しかし、東急ハンズのスタッフらによるロビンソン顔負けの熱意で、ヒット商品は誕生したのである。本来、雨用だが、紫外線の遮蔽率が90%以上あり、男性が日傘として買っていくケースも目立つのだとか。店舗によっては、日本洋傘振興協議会認定の「アンブレラ・マスター」という洋傘の専門的知識を備えた人に与えられる資格を持っている販売員もいて、最適な傘選びや修理の相談に応えてくれる。
超軽量、耐風、そして洗練されたデザイン......。立ち寄った東急ハンズ新宿店の雨具売り場には今、様々な用途に応じた約500種類の傘を置いている。そのうち約4割が同社オリジナルの商品だという。大小様々、色とりどりの傘を眺めていると、地球温暖化をサバイバルするために工夫を凝らす現代のロビンソン・クルーソーたちの思いが伝わってくるようだ。
※文中、「ロビンソン・クルーソー」の引用は、唐戸信嘉氏訳の光文社古典新訳文庫から。
(YOMIURI BRAND STUDIO Creative Editor/Writer 高橋直彦)
だれが晴雨兼用の傘をつくったか?
