「文具沼」という言葉を、ご存知ですか?文具の魅力にハマって抜けられない...むしろ抜けたくない、という状態を「文具沼にハマる」といいます。この連載は、文具沼にハマった事務用品バイヤーの大瀬が、あなたを深い深い文具沼へと誘(いざな)う物語。第三回は、前回の〈ツバメノート〉と同じくらい大瀬が大好きなロングセラーアイテム、〈マジックインキ〉を手がける〈寺西化学工業〉さんに訪問してきました!
変わらないというプライドを持ちつつ、アップデートも欠かさない〈マジックインキ〉
それは、今から約30年前。高校生の時に、文化祭のクラスの出し物で喫茶店をやることになったという大瀬バイヤー。メニュー表や、ポスターのキャッチコピーなどを、〈マジックインキ〉を使って書いていたのだとか。
そんな思い出の油性マーキングペンを、30年経った今でも相変わらず使っているという大瀬バイヤーは、その生みの親である〈寺西化学工業〉さんに、取材スタッフとともに訪れたのでした。
―こんにちは!寺西化学工業さん、本日はよろしくお願いします!
大瀬:こんにちは、大瀬です。
今井さん:今井です、わざわざおいでくださってありがとうございます。
左:事務用品バイヤーの大瀬。この連載記事の主人公で、ハンズ歴29年の大ベテラン。文具沼にどっぷり浸かっていて、特に定番の事務用品をこよなく愛する。大学生時代はウェイトリフティングに励み、現在は居合道、杖道に精通する武道家。
右:寺西化学工業・取締役の今井さん。学生時代は柔道家だったらしい。
大瀬:......スッ(すり足の音)。
今井さん:......ザッ(サイドステップの音)。
(ピリッ)
―(む...この張り詰めた空気感は一体...!?まるで互いに間合いを取り合っているような...。これから何が始まるというんだ...!?)
大瀬:...本日は。
今井さん:...何卒。
大瀬・今井さん:よろしくお願いします(一礼)。
―なんだ、ただ礼儀正しいだけか。
大瀬:私の青春の1ページを飾る思い出のペン、〈マジックインキ〉について色々とお伺いできるということで、とても胸が熱くなっています。始めに、私が思う〈マジックインキ〉のよいところを挙げさせていただくと、一番は1953年の発売以来、ほとんど変わっていないことです。使い心地もデザインも、独特なインクの匂いまでも、高校生の頃の記憶からずっと同じなのがとても素敵です。
こちらは大瀬がいつも使っている〈マジックインキ〉。「大型」の「黒」が大瀬の好み。大瀬ならではのアレンジは特に加えられていない。
寺西化学工業 マジックインキ 大型 120円+税
―変わらないということに対してポリシーのようなものがあるのですか?
今井さん:そうですね、〈マジックインキ〉は大瀬さんのように、長きにわたってお使いいただいている方々がとてもたくさんいるので、我々としてもなるべく変えないというプライドを持っています。
大瀬:私以外にも〈マジックインキ〉の変わらなさを愛している方々が多くいらっしゃるのですね。
今井さん:ただ、本当に何も変わっていないかというと実はそうでもなくて、細かいところは変わっているというか、アップデートしています。ちょっと、歴代のモデルを並べてみましょうか。
―えっと...間違い探しか何か?
今井さん:左が初代モデルで、真ん中が二代目、そして右が現在のモデルです。どこが違うか、いくつかあるので当ててみてください。
―...あ、キャップの形が若干違いますね!
今井さん:正解!新しくなるにつれて、フタがより開けやすくなっています。特に現在のモデルではスクリュー式ではなく押し込み式にし、閉めた時にカチッとハマるようにしたので、閉まりが緩かったり、逆に閉めすぎて開けられなかったりというストレスを軽減しています。販売時期としては二代目が圧倒的に長いので、押し込み式になっていることをご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、開け閉めのしやすさはかなり改良されているんですよ。
大瀬:硬い硬いと声を上げ、意中の異性に開けてもらおうとおねだりしていた女学生もいましたね。
今井さん:それで開けようとしたら、キャップ部分と一緒にホルダー部分も取れちゃったりして。
大瀬:ふっふっふ。
―(笑ってる...)。
変わらないことが好き過ぎて、変わったところを見失う大瀬バイヤー
―あとは、デザインがちょっとだけ変わってます?
今井さん:そうなんです。例えば色の表記。初代と二代目は「BLACK」と書かれていますが、英語表記だけだとわかりにくいかなと思って、現在のものは日本語で「黒」を加えています。
―なんとも渋いマイナーチェンジですね。「マジックインキ」という文字の書体は、初代から二代目にかけて結構変わっていますね。どういった意図で書体を変えたのですか?
今井さん:それがわからないんですよね...。そのデザインをした社員はもう亡くなっていて、資料なども残っていないので...。わからないと言えば、「magic INK」の「m」のところだけ縦長にデザインされていますが、これに込められた思いも不明です。しかしながら多くのお客様にご好評いただいているので、安易に変えるべきではないと思っています。
大瀬:社員でさえもわからないような、謎を秘めたデザイン...。そのミステリアスな佇まいが格好いいですね。また、そのデザインを守ろうとする姿勢が素晴らしい。古きよきものに対する敬意を感じます。
―あとはキャッチコピーが、それまでの「どんなものにも書ける魔法のインキ」から、現在のものは変わっていますね。
今井さん:そうなんですよ。「どんなもの」という表現が時代的にNGになってしまって、ダンボールや木材、金属など、より具体的に書くようにしました。
大瀬:逆らい難き時代の潮流...。
―それ以外に大きな変化はないような...。ところでさっきから大瀬さん、変わったところを全然見付けられてなくないですか?
大瀬:ふむ...。ん!?容器に使われているガラスはもしや変わっているんじゃないですか?
今井さん:いえ、そこはずっと変わっていませんね。
大瀬:...ん!?インクの匂いが若干変わっている?かつてはもっと匂いが強かった気がします。
今井さん:いえ、インクも全く変わってないです。昔の匂いの方が強く感じたのは思い出補正かもしれません。
大瀬:なんと...。
―落ち着いてください大瀬さん。無理して変わったところを見つけるのはやめましょう。
今井さん:そうですよ、ひと目見てわかるようなものはもうほぼないですから。ここからはずっと変わっていない、我々のこだわりの部分をご紹介しましょう。
大瀬:ありがたい...。
〈マジックインキ〉に流れる60年以上の歴史に思いを馳せる大瀬バイヤー
―先ほど、インクは変わっていないとおっしゃっていましたが、変えない理由は何でしょうか?
今井さん:とにかく強くて落ちにくいからです。かつて〈マジックインキ〉は学校などでお子様にお使いいただくことが多かったのですが、今の主なお客様は35歳以上の「現場」にいる方々です。工事現場で働く方だったり、漁師の方だったり、八百屋さんだったり。現場の方々はただの紙ではなく、ダンボールや金属、プラスチックや発泡スチロールなどに書くことがほとんどなので、耐久性がある〈マジックインキ〉をお選びいただいていると思っています。
―様々なものに書けるような強いインキにしたきっかけは何だったのですか?
今井さん:モデルとなる油性マーキングペンの存在があったんですよ。1952年に〈内田洋行〉さんという専門商社がアメリカ産業の視察のために渡来していたのですが、その報告会に弊社の創業者が参加したんです。報告会ではアメリカで見つけてきたものが展示見本品として紹介されていたらしく、その中で創業者は、「マジックマーカー」という油性マーキングペンを見つけました。当時は日本で油性マーキングペンというカテゴリーそのものが知られておらず、創業者もそこで初めて触れたので、「これはなんだ!?」となった訳です。
画像提供:寺西化学工業株式会社
こちらが創業者が発見したというスピードライ社「マジックマーカー」。
大瀬:アメリカでは既に普及していたのですか?
今井さん:一般にはそれほど普及していなかったらしいんですが、アメリカ軍では採用されていたみたいですね。屋外での活動時に重宝されていたのだと思います。それで、その耐水性や速乾性に驚いた創業者が、〈内田洋行〉さんと一緒に日本の油性マーキングペンを開発することとなった、と。以上が、強いインキのペンをつくることになった経緯です。
―このインキにはそういった物語があったのですね!
大瀬:個人的にはインキの匂いが好きです。匂いを嗅ぐだけで、学生時代の記憶が蘇ってきますから...!
今井さん:わかります。私も学生時代はよく〈マジックインキ〉を使っていましたよ。匂いに関しては、好意的ではないご意見も時折いただきます。ただ、その匂いを軽減させようとすると、一番の特徴である落ちにくさが弱まってしまうので、弊社はこのまま変えないつもりです。
大瀬:なるほど、その決断は素敵です。
初代の販売時は油性ペンそのものが世間に認知されておらず、〈マジックインキ〉の使用用途も伝わっていなかったため、こちらの説明書を付けていたのだとか。当時から、様々なものに書くことができて消えにくいという性能をアピールしています。
―ペン先のフェルト生地も変わっていませんか?
今井さん:もともと使っていたものが手に入れられなくなったがゆえに、素材を若干変えてはいるものの、使用感はできるだけ初代から変えないように気をつけています。金属やアスファルトなどの硬いところにも書き続けられるようなタフさと、長く書いていても快適なやわらかさ。その二つを両立できるよう緻密に設計しているのは、今も昔もずっと変わらない私たちのこだわりです。
―ペン先の角度もまた絶妙ですよね。
今井さん:特に立った状態で書きやすいよう、角度は必ず79度になるようにカットしています。ちなみに、〈マジックインキ〉には正しい持ち方があって、鉛筆のようにではなく、手のひらで包み込むように持つと安定して書くことができます。
大瀬:え、知らなかった...!どれどれ...。
大瀬:......ふう。
―東......「京」!?なんで!?
大瀬:好きなんですよね、東京。
今井さん:好きなところで生活できるって素晴らしいですよね。
大瀬:おっしゃる通り。アーバンシティライフもなかなかオツなもので。
―...話題を変えましょう。
大瀬:持ってみて思ったのですが、もしかして重さにもこだわっていますか?今まで何も違和感なく使っていましたが、違和感を持たせないという工夫が詰まってるんじゃないかと思いまして。
今井さん:鋭いですね!そうなんです、重さにも気を配っています。書き心地を追求した結果、キャップを外した状態で約42グラムになるようにしているんですよ。
大瀬:なるほど...それも知らなかった...!
―重さやペン先の角度など、本当に隅々まで計算されているのですね。
今井さん:そういった姿勢が評価されたのか、おかげさまで2008年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞も受賞することができました。私たちが創業以来ずっと大切にしてきたものが、今の時代でも価値あるものとして認めていただけたのがとても嬉しかったですね。
大瀬:変わらないものって、変わる必要がないもの、とも言えるじゃないですか。そういう意味では、初代の〈マジックインキ〉のクオリティがとても高かったからこそ、今の〈マジックインキ〉があると思うんですよ。
初代モデルを改めて拝見すると、当時の日本にはなかった、油性マーキングペンの市場を開拓するんだという強い意志を感じますし、その意志が令和の時代まで連綿と続いていることが本当に素敵です。
たくさんの人々の思いが、この1本にギュッと詰まっていて、それが120円で気軽に手に入るという感動。市場では新しいものに注目が集まりがちですが、歴史ある文具を紐解くと、こういった感動に出会えることがある訳で。これだからロングセラーの文具を追い続けることがやめられませんね。
画像提供:寺西化学工業株式会社
今井さん:そうおっしゃっていただけて嬉しいです。大瀬さんのように、何十年も〈マジックインキ〉をご愛用いただいている方々のために、これからも変わらぬ価値をご提供していきたいと思います。
大瀬:本日は誠にありがとうございました。最後に、今井さんの背後に鎮座している巨大〈マジックインキ〉を持たせていただいてもよろしいですか?
今井さん:...あ、これですか?どうぞどうぞ。
大瀬:ずっと気になっていたんですよねぇ。ふっふっふ。
―(笑ってる...。)
おわりに
ハンズ歴29年の大ベテラン、大瀬が、定番の事務用品を始め、様々な文具の魅力に迫る連載記事。第三回もまた、大瀬が大好きなロングセラーアイテム、〈マジックインキ〉についてご紹介しました。次回は、大瀬が行きたかったという〈トンボ鉛筆〉さんに突撃インタビュー。大瀬は一体、何を聞くつもりなのでしょうか!?乞うご期待!
※「マジック」「マジックインキ」は株式会社内田洋行の登録商標です。
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