【連載vol.9】定番モノは文具沼への入り口 〜三菱鉛筆さんのペンへのこだわり編〜

この連載は、文具沼にハマった事務用品バイヤーの大瀬が、あなたを深い深い文具沼へと誘(いざな)う物語。今回は、先日発表された「文房具屋さん大賞2020」で映えある大賞を獲得したサインペン〈エモット(EMOTT)〉と、部門賞のボールペン賞を獲得した〈ジェットストリーム エッジ〉を手がけた〈三菱鉛筆〉さんに突撃!
担当者さんが持っているであろう並々ならぬこだわりに大瀬バイヤーが興味がある、ということでお話を聞いてきました!

「文房具屋さん大賞2020」のNo.1文具に心を動かされる大瀬バイヤー

―ハンズを含む文房具屋11社による投票で選ばれた、その年で特に優れた文具を発表する「文房具屋さん大賞」の2020年版がいよいよ発表されましたね。大瀬バイヤーが受賞商品の中で2つのペンに興味があるということで、今回はそれらを手がけた〈三菱鉛筆〉さんにやってきました!

大瀬:左様。〈三菱鉛筆〉さんといえば、かの有名な鉛筆〈uni〉を筆頭に、長きにわたり日本を代表する文具を生み出し続けている比類なき文具メーカー。群雄割拠の文具界においてその地位を築くためには、一人ひとりの社員様による気が遠くなるほどの努力と研鑽が必須なはずで、その姿勢は我々ハンズも見習うべきもの。今回の手合わせ(インタビュー)では、すぐれたモノづくりへのヒントを見出せればと思っております。

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事務用品バイヤーの大瀬。写真は〈三菱鉛筆〉さんの本社受付に展示されている鉛筆の歴史を食い入るように(演出ではなく本気で)眺めている様子。

―なんだか気合いが入っていますね!

大瀬:「文房具屋さん大賞」はいわば相撲で言うところの番付表。今回取り上げさせていただくサインペン〈エモット〉は大賞ですから、つまりは2020年における文房具界の横綱なわけです。そんな偉大な文具の誕生に携わった方々に会うのですから、自然と気も高まるというもの(ぶるぶる)。

―武者震いしてる...。

大瀬:さらに、泣く子も黙る不動の人気ボールペン〈ジェットストリーム〉シリーズの最新作で、ハンズ各店でも品薄状態が続いている〈ジェットストリーム エッジ〉も後ろに控えているとなると、今回の手合わせの行く末はどうなるか検討つきませんな。

―どんな想像をしてるんですか。

??:大瀬さん、ようこそお越しくださいました!

大瀬:む!?

―む!?じゃなくて、今回ご案内いただく、〈三菱鉛筆〉チャネル開発グループの竹井さんですよ。

竹井さん:こんにちは、いつもハンズさんにはお世話になっています!弊社の〈エモット〉と〈ジェットストリーム エッジ〉を取りあげていただけるとのことで大変光栄です。今回は主なご説明を私から、より専門的な部分は各アイテムの担当者からお話しさせていただければと思います!

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国内営業部 チャネル開発グループ 竹井さん

―〈三菱鉛筆〉さんも気合いが入っているようですね...!これは確かに大瀬さんが言う通り、どんな展開になるか想像もつかないな!

大瀬:では、挨拶も終えたところで早速...。

竹井さん:(スッ)こちらですね?

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三菱鉛筆 EMOTT(エモット)
左:5色セット 1,000円+税
中央:10色セット 2,000円+税
右:1本 200円+税
*40色セット(8,000円+税)もございます。

大瀬:(なんという速さの商品出し...!〈エモット〉に対する確かな自信を見て取れる...!)

ーこちらが文房具屋さん大賞で最も評価を集めた〈エモット〉ですね!竹井さん、改めて特徴を教えていただけますか?

竹井さん:まず挙げられるのはこのデザインです。軸やケースなどをすべて白に統一。カラーを際立たせながら、クリップや突起物のない、シームレスで洗練したデザインに仕上げました。

ーこれまで〈三菱鉛筆〉さんが手がけてきた文具とは少し趣の異なるデザインですね。こちらが生まれたきっかけはなんだったのでしょうか?

竹井さん:近年、SNSなどの普及によって、自らのこだわりや個性を目に見える形で表現する「ビジュアルコミュニケーション」の機会が増えています。誰もが発信者になれる時代となり、誰かに見せること、見られることを重視したデザインが好まれ、持ち物によって⾃らを表現する人が増えています。

発信するものは⼈それぞれですが、例えばかわいくデコレーションしたノートや⼿帳をSNSで投稿するなどです。
デザイン、カラーリングにも感度の⾼いお客様が増えてきた傾向が世界中で⾒られ、その需要に対応するために〈エモット〉を企画することとなりました。

大瀬:なるほど。しかも、発信とはいわば自己表現ですから、ただなんとなくおしゃれ、くらいのものではなく、お客様が自分自身を世間に表現するためのパートナーとしてふさわしいような洗練されたデザインにするのが大切、と。そういう背景があって、このようなデザインに振り切ったのですね?

竹井さん:(ニヤリ)。海外では、文字書きに使える細字の水性サインペンもよく使用されているのですが、日本では水性サインペンにそのようなものがありませんでした。そこで、高機能を前提に、感覚的に「かわいい」「おしゃれ」と感じていただけるようなサインペンをつくろうということになったんです。

大瀬:「白」と言ってもその種類はさまざまじゃないですか。この絶妙なあんばいのマット調にしたのはどういった理由が?

??:(サッ)それは開発担当の私、羽賀がお答えしましょう。

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研究開発センター品川・羽賀さん

大瀬:(いつの間にその座に...!?)

羽賀さん:そのマット調は、SNS上での写りを意識しての仕上がりです。それも、変に〈エモット〉だけが目立つのではなく、主張はありつつも写真の中で自然となじむ色合いに注力しました。
また、コンマ数ミリの太さの違いで軸の印象が大きく変わってしまうので、洗練された印象に見えるようにボディの軸径をできるだけ細くすることにもこだわりました。
デザイン面と書きやすさのベストなバランスを突き詰めた結果、8.1mm軸幅という細さになりました。

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大瀬:そこまで追求しつつ、あくまで主人公は〈エモット〉ではなく、それを持つ人であると...素晴らしい。

羽賀さん:あと、個人的に頑張ったのはペンのカラー表記と実際に書いた時の色をできるだけ近づけることですね。カラーペンって、まずはパッケージやボディの⾊を⾒ていいなと思って手に取ることが多いですが、いざ書いてみたら思ったイメージと違う、ということが少なからずあって、私はそれが本当に嫌だったんです。私は主にインクの開発を担当し、ボディのデザイン担当者と連携を取り合いながら互いの色を近づけていきました。

ーこだわりがすごい...!

大瀬:こりゃ天晴れだ!

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新しいコンセプトは、確かな実力によって活きる

ー羽賀さんは主にインクの開発に携わっていたとのことですから、そのこだわりもまたものすごいでしょうね...!

大瀬:私が〈エモット〉を初めて見た時は、このカラーバリエーションがとても画期的だと思いました。普通、この手のカラーペンって、赤とか青とか、主要なカラーのみしかないじゃないですか。なのに〈エモット〉はなんというかこう、曖昧模糊な色合いと言いますか...。

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ー流行りのニュアンスカラーですね。

大瀬:ああ、それそれ。この雰囲気が私の理解を完全に超えていて、時代の変化をこの手で掴んだかのごとくはっきりと感じました。

羽賀さん:カラーリングの考え方については女性の企画担当者がはじめにニュアンスコンセプトを固めて、それを我々が形にしていくという流れだったのですが、若い女性にたくさん使って欲しいという思いがあったので、とにかく彼女のセンスを信じて突き進みました。
色調整の仕方もいつもとは少し異なり、いつもなら例えば「もう少し赤く」とかなんですけど、今回は「もうちょっとかわいく」とか「もうちょっと控えめで」という、まさにニュアンス的な感じで(笑)。それで合計1,000パターン以上のサンプルをつくってようやく決まる。大瀬さんが時代の変化を感じたとおっしゃいましたが、我々もまさにそうで、大変でしたけど、とても新鮮で楽しく突き詰められました。

竹井さん:5色をテーマごとにグループ分けすることで、「ヴィヴィッドカラー」や「レトロカラー」など、カラーグループごとに独自の世界観を表現できるんですよ。

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8つの世界観ごとにカテゴリー分けされたカラーバリエーション。この分け方には大瀬バイヤーも舌を巻いたそう。

ー大瀬さんはどの世界観が好きですか?

大瀬:私は「ヴィンテージカラー」です。

ー渋い...。ちなみに羽賀さん、完成させるまでに特に苦労した色はありますか?

羽賀さん:圧倒的に「フローラルカラー」の68番、「ベビーピンク」です!ベビーピンクってちょっとだけくすんでいて、でも薄くてかわいらしさもあり、ダスティーピンクよりちょっと淡くて、ライトピンクの方がまだちょっと決めやすくて、それで...それで...ああどうしたらいいんだあ〜って感じでした(笑)。

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大瀬:その苦労、お察しします。しかしここまでお話をお伺いしていて、〈エモット〉への確かな自信と信頼をひしひしと感じます。

デザインとカラーバリエーションの話だけでもう1時間以上話していますし、オールドスタイル(?)文具ファンである私からすると、肝心要の書き心地が、期待を裏切らないどころか上回ってくるあたりが実に素晴らしい。

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羽賀さん:......!!

大瀬:繊細でシャープな見た目なのできっと書き心地はソフトなんだろうなと勝手に思っていましたが、ペン先がつぶれにくい独自設計がなされているので、筆圧がかなり高めな私も安心して、綺麗な0.4ミリの線を書き続けられるのがありがたいです。

羽賀さん:ペン先は水性ボールペン〈ユニボール エア〉の技術を応用しています。書き心地にも満足いただけたらそれは何よりです!やはりそこは文具メーカーとしては絶対に押さえておかないといけないところですから...!

大瀬:文房具屋さん大賞での著名人がたのコメントも、書き心地のよさに関するものが多く、やはりペンとしての確かな実力が前提としてあってこそ、新しい考え方も活きてくるのだなと思いました。

竹井さん:そういう意味では、こちらの〈ジェットストリーム エッジ〉もチャレンジングなアイテムですよ。

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三菱鉛筆 ジェットストリーム エッジ 各1,000円+税

大瀬:私も〈ジェットストリーム〉愛好家の一人ですが、1本1,000円+税とはなかなかの強気...。〈三菱鉛筆〉さんのことですから、きっとお値段以上の価値を詰め込んだ一品なのでしょう...!かくして、その全貌はいかに...!?

勇気なくして名作は生まれない

永見さん:ここからは〈ジェットストリーム エッジ〉の開発担当の永見がご説明させていただきます!

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開発担当 永見さん

永見さん:よろしくお願いします。さて早速、〈ジェットストリーム エッジ〉の魅力についてお話しさせていただきたく!

最大にして唯一無二の特長はボール径0.28ミリという超極細のペン先を実現している点です。
以前までの〈ジェットストリーム〉シリーズの最細は0.38ミリで、これでも業界で相当細かったのですが、昨今の細字ブームに加え、開発陣の「限界に挑んでみたい」という探究心が相まって、こうなったら行けるところまで行こうとなりました。

大瀬:私がいつも使っているのは0.7ミリですが、〈ジェットストリーム〉が生まれた当初のラインナップは0.7ミリと1.0ミリでしたよね。ここからだんだん細さへのニーズが強くなって、現在の主流である0.5ミリが登場したと。

ー大瀬さんが今0.7ミリを使っているのは理由があるんですか?

大瀬:10年くらい前のことですかね、どこのものだったかは忘れてしまったのですが、0.4ミリのボールペンが登場したんですよ。ただ、それを使ってみると個人的に全く合わなくて...。その時の記憶がトラウマのように残っていて、どうも細字には手が出ないまま今日に至ります。

永見さん:それはよほどの体験だったのですね...。でもきっと〈ジェットストリーム エッジ〉なら大丈夫!どうぞ大瀬さん、試し書き...してみてください...!

大瀬:申し訳ございませんが、駄目なら駄目で正直に申し上げますからね...。では、いざ...!ええい!

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大瀬:これは...書きやすい...!そして0.28ミリ...これは今までにない世界...!〈ジェットストリーム〉のなめらかな書き味はそのままに、まさに究極と呼べるほどにシャープな線が紙上を軽やかに走って行く...。「油性ボールペンあるある」の一つであるインクのダマ感もないし、私の強い筆圧でも安定感抜群...。これぞメイドインジャパンの真髄ですよ...このお値段は伊達じゃない...!

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〈ジェットストリーム エッジ〉ならこんなに繊細な絵も描けちゃいます!

永見さん:大瀬さんのトラウマを払拭できたようでよかった!開発に3年以上の時間を費やしたかいがありました...。

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ー限界まで挑んだボールペンですから当然、開発時に苦労した点も多くあったかと思いますが、特に挙げるとしたら何でしょうか?

永見さん:油性ボールペンはペン先のボールが回ることで内部のインクがボールに転写されて出てくるという構図です。
水性ボールペンと比べて粘度が高いので、ボールが小さければ小さいほどインクが詰まりやすく、書いていると出が悪くなるリスクが高まります。なので、インクが少なくなってきても最後まできちんと使い切れるようにさまざまな改良を重ねるのに苦労しましたね。

また、これは大瀬さんのように筆圧が高い方へのこだわりポイントなのですが、先ほど大瀬さんに体験いただいた安定感のある書き心地。これはペン先を「ポイントチップ」という新しい形状にしているからなんです。

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永見さん:一般的にペン先は円すいのような形と針型の2種類あるのですが、それらのよいところだけを掛け合わせたような自慢のペン先なんです。先を細くすることで目先がクリアに見えますし、それでいて強度も抜群。これはぜひ皆さんにお試しいただきたいですね!

大瀬:ふむ...これは病み付きになりそうだ...。

永見さん:あと、これは開発というよりマーケティングの話かもしれませんが、ボール径0.28ミリという細さをどういった方に特におすすめしたいかを考え抜くのに悩みました。誰がどういうシーンでこの細さを必要とするのか、これを我々が明確にしないと、いざ世に出たとしてもお客様たちも使い道がわからずに困ってしまいます。
社内で議論を積み重ねた結果、どちらかというと幅広い層に向けたものではなく、例えば建築関係の方や細かいスケッチをするデザイナーの方などが、より専門的に細字を書くときにお使いいただくイメージでまとまりました。

なので、見た目のデザインも従来の〈ジェットストリーム〉とは異なり、よりカクカクとしたプロダクトライクな雰囲気にし、なめらかさはそのままに、よりしっかりと書けるように重心を低めにしたボディに仕上げました。

ー〈ジェットストリーム〉シリーズは幅広い方々からの人気を誇るボールペンですから、〈ジェットストリーム エッジ〉もその潮流に乗りたいところだと思うんです。
それをあえて、主に使っていただきたい方を「専門性の高い人」と比較的ニッチな設定にしたのはなかなか勇気が要ることだと思うのですが...。

永見さん:それは本当にその通りで、発売する前まではもう不安でいっぱいでしたよ(笑)。開発側としては中途半端なものは出したくないので、限界まで挑みきったベストなプロダクトをつくったと自負していましたが、一方で「ここまでやっちゃって、本当に必要とされているのかな...」という気持ちも拭いきれないんです。

そんな中で発売日前から想像以上の反響をいただき、ハンズさんでも在庫切れが多いとお聞きしております。お客様にはお待たせしてしまってご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。ただ、それほどに注目していただいたことについてはただただ嬉しかったですね...!

大瀬:勇気なくして名作は生まれず、ということですね。今回もまた勉強になりました。私もバイヤーとして、このボールペンのようにエッジの効いたアイテムを勇気を出して取り扱ってみようという気概が生まれました。

〈三菱鉛筆〉さんと言えば質実剛健と言いますか、モノはよいのだけどその一方で、もうちょっと遊びがあってもよいかも...と思うことも正直あったのですが、今回ご紹介いただいた文具にはこれからの〈三菱鉛筆〉さんを象徴するような輝きを見ました。これからもささやかながらご活躍を見守りたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。

おわりに

ハンズ歴29年の大ベテラン大瀬が、定番の事務用品を始め、さまざまな文具の魅力に迫る連載記事。第九回は、〈三菱鉛筆〉さんが手がけた、文具屋さん大賞受賞アイテムをご紹介しました!そして次回は一体、大瀬バイヤーはどこに行きたいと言い出すのか、乞うご期待!

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