【連載vol.15】定番モノは文具沼への入り口 〜カレンダーで最高峰の風景写真や仏像を楽しみたい編〜

この連載は、文具沼にハマった事務用品バイヤーの大瀬が、あなたを深い深い文具沼へと誘(いざな)う物語。今回は、息を飲むほど美しい風景写真で長年にわたって多くのカレンダーファンの心をグッと掴み続ける〈写真工房〉さんのカレンダーを大特集!もともとは広告物に載る写真を専門とするカメラマンだったという〈写真工房〉代表の富井義夫さんに、写真へのこだわり、カレンダーへのこだわりについてお話を聞いてきました。

自宅にいながら世界中を散歩している気分にさせてくれる「匠」のカレンダー

―大瀬さんこんにちは。前回、前々回に引き続き今回も昔からあるアナログなタイプのカレンダーを取り上げるのですね。

大瀬:ええ。日々便利で新しいものが生まれてくる中で、カレンダーは暦を知らせるだけというシンプルな価値を持つアイテムです。ただ、さすがにそれだけではつまらないだろうということで、かわいらしい犬や猫の写真と一緒に見せたり、前回取り上げた〈ほぼ日〉さんの〈ホワイトボードカレンダー〉のようにカレンダーの機能を強化させたり、メーカーによって実にさまざまな付加価値を付けています。もともとシンプルなものであるがゆえにアレンジの可能性は無限大なので、毎年毎年、「そうきたか」というカレンダーが出てくるんですよ。

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事務用品バイヤーの大瀬。〈写真工房〉さんは北海道は札幌に拠点を構えているので、今回はオンラインにてインタビューします。

―確かに、ハンズの店頭に行くとびっくりするほどたくさんのカレンダーが並んでいますよね。

大瀬:左様。ただ今回取り上げさせていただく〈写真工房〉さんのカレンダーの特徴は、綺麗な風景写真を使っているという、古くから受け継がれる正統派な打ち出し方なんです。カレンダーをつくるメーカーのほとんどは、そういった方法ではライバルが多すぎて戦えないということで奇想天外なアイデアを出そうとするわけですが、〈写真工房〉さんは正統派のカレンダーづくりからブレずに今日まで走り抜けてきた、いわばカレンダー界の巨人。もちろん走り続けるための秘訣があるはずなので、今回は代表の富井さんにお話を伺いたく思っております。ということで、富井さん、よろしくお願いいたします。

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〈写真工房〉の代表、富井義夫さん。42年のカメラマンのキャリアの中で、これまでに241回の海外取材、132の国と地域を旅してきたものすごいお方。(2020年7月現在)

富井さん:よろしくお願いします。このように取り上げていただき光栄です。大瀬バイヤーのおっしゃる通り、わたしたち〈写真工房〉はずっと風景写真がポイントのカレンダーをつくり続けてきました。私自身カメラマンなので数多くの写真をストックしていますし、業界内でのつながりも多く、カレンダーによっては私以外のカメラマンさんの作品を使うこともあります。それらのストックやつながりを活かして、世界遺産シリーズや夜の東京の風景、パワースポットなどさまざまなテーマのカレンダーを計40シリーズほどつくっています。

―そんなに!?すごい...!

大瀬:今回はその中でも私が特におすすめの3つ、〈世界一美しい街を散歩する〉、〈城〜歴史を語り継ぐ日本の名城〉、〈仏像〜古寺巡礼〉をご紹介したいと思います。

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左から
世界一美しい街を散歩する 1,650円(税込)
城〜歴史を語り継ぐ日本の名城 1,650円(税込)
仏像〜古寺巡礼 1,485円(税込)
※一部店舗ではお取り扱いの無い場合がございます。

―世界一美しい街にお城、そして仏像...。すごいラインナップですね。

大瀬:まずは、〈写真工房〉さんの中でも人気度は不動のナンバーワンという〈世界一美しい街を散歩する〉からご紹介しましょうかね。

富井さん:このシリーズは3年前から販売しているのですが、販売以来あっという間に大ベストセラーになった弊社イチオシのカレンダーです。お客様の中には海外に一度も行ったことがない方もいらっしゃるはずですし、行ったことがある方でも一度きりとか数回程度だと思うんです。そういう方々に向けて、なるべく数多くの国々を掲載し、自宅にいながら世界各国を旅しているような気分になれるカレンダーを目指しています。

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大瀬:ふむ...。

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大瀬:おお...。

―とてもわかりづらいですが、感動しているのですね?

大瀬:ええ、まさに心を打たれているところです。やはり、1枚1枚の写真のクオリティが巷のカレンダーの中でも群を抜いていますね。各国の雰囲気が見た瞬間にグンと伝わってきます。

富井さん:このカレンダーの写真の特徴は彩度がとても高いということ。パッと見の鮮やかを重視していて、見た方が「この国素敵だな、行きたいな、憧れるな」といった感情を持っていただけたら嬉しいですね。ただかなりの鮮やかさなので、中には好みじゃないという方もいらっしゃるかもしれません。でも、そういう方がいてもよいというか、変に万人受けを狙って何の感情も動かさないものをつくるんだったら、好き嫌いがはっきり分かれるものの方がよいんじゃないかと私は思っています。

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表紙の写真選びには特にこだわったとのこと。

―彩度の高さの他に写真選びのポイントはありますか?

富井さん:カレンダーで使われる写真なので、1月〜12月の全体のバランスを見ながら選んでいます。たとえば全景写真が続いたら人間の目線で撮った写真を入れるとか、あとはなるべく国がバラバラになるようにするとか。

―決定した写真の他にも候補はいくつかあったと思いますが、どのくらいあったのですか?

富井さん:まずは膨大にあるストックの中から50〜100枚の候補を選び、そこからどんどん絞っていきます。私はもともと広告業界のカメラマンだったのですが、広告で使われる写真とカレンダーの写真の大きな違いは、お客様が目にする期間が異なること。広告の写真は基本的にパッと見られるものなので、たとえ細かなクオリティがイマイチだとしても、それに勝るインパクトがあれば採用することが多いです。一方、カレンダーの写真は少なくとも1カ月は見られるものなので、インパクトの強さも大事ですが、じっくり見ていても飽きない、むしろ見れば見るほど引き込まれるような写真選びを重視しています。撮る位置が少し変わるだけで仕上がりはだいぶ違いますから、写真選びの工程はかなり気を使いますね。

―なるほど...!

富井さん:また、写真を選べば終了ではなく、選んだ写真一枚一枚に専用のアプリケーションを使って補正をかけ、トーンを揃えたり、さらにクオリティを上げていきます。カレンダーの中に雰囲気が異なる写真がバラバラに入っていてはお客様も混乱してしまうので、この調整はとても大事。そもそも写真選びから雰囲気のことを意識しているので、大幅に印象が違うものはないのですが、それでもよく見ると色のトーンなどがわずかにズレていることがあります。そういったところを1つ1つ調整していくんですよ。

大瀬:これぞ職人技という感じですね。他のメーカーでここまで突き詰めてるところはまずないので、「風景」という激戦区でずっとトップランナーで居続けられるのも納得です。いやあ、天晴れですよ。

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あまりの美しさに壁にかけ、〈世界一美しい街を散歩する〉という商品名のように散歩しながら眺める大瀬バイヤー。

より身近で、お客様に長く寄り添えるような写真を撮りたかった

―続いては「お城」を取り上げた、〈城〜歴史を語り継ぐ日本の名城〉のご紹介とまいりましょうか。

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富井さん:このカレンダーは全て私の親友のカメラマンの作品で構成されています。〈世界一美しい街を散歩する〉と同様、12カ月全体のバランスを見ながら、なるべく日本各地の城を取り上げつつ、単調にならないように全景、近景と織り交ぜながら展開させています。また、城という和風のテーマなので、四季についてはより強く意識しています。

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4月らしく、桜と青空が印象的。こちらは京都・福知山城。

大瀬:つくっていく行程も、〈世界一美しい街を散歩する〉と同じく、まずは候補を何十枚も何百枚も選んでそこから吟味していくのですか?

富井さん:おっしゃる通りです。よく、すぐれた写真家が撮る写真はいかなる時でもよい写真と思われがちですが、そんなことはありません。色んな角度やシチュエーションの可能性を考え、数多くのシャッターチャンスを自らつくり、イマイチなものも含めてさまざまなパターンを撮影しながら検証していきます。カメラを持ってパッと撮って「はい終了」、ではなく、ベストな一枚を求めて地味に歩み続けるからこそ、すぐれた写真にたどり着けるのだと思います。

―なるほど...。カメラマンって華やかな仕事に思われがちですが、そんな甘い世界ではないのですね...。

富井さん:でも、そういった作業は私には全然つらくないんです。もちろん、ものすごくピンポイントで見ると、なかなかベストな仕上がりにならないなど苦しい時もありますよ。でも、それも含めてとても楽しい。先ほど弊社で40シリーズほどカレンダーをつくっているとお話しましたが、それだけの量をつくるとなると年間単位でスケジュールを組まないと回らないですし、今年の分が終わっても来年分もまたすぐ動きますから、もう年がら年中カレンダーや写真のことばかり考えています。そして、それがとても心地よいんですよ。

大瀬:職人としての凄みを感じますね。

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―もともと広告業界のカメラマンだったとおっしゃっていましたが、カレンダーづくりに舵をきったのはなぜだったのですか?

富井さん:先ほど少しお話ししたこととつながるのですが、カレンダーの写真はお客様が目にする期間が長いからです。広告もそうですし、たとえば写真集づくりにも携わることがあるのですが、写真集は買ってすぐはじっくり見ますけど、基本的には一度ないし数回見たら本棚に行くじゃないですか。そこからは数年に一度見られるかどうか...みたいな。そんな写真のあり方が悪いとは決して思わないのですが、個人的にはより身近で、お客様に長く寄り添えるような写真を撮りたかった。あとは、広告業界で活動していた時によく企業カレンダーの制作に携わることがあったんです。

―企業カレンダー...ですか?

富井さん:ビジネスの場では年始などに、お付き合いのある企業さんにご挨拶に行くことがあると思うのですが、その際に贈り物として用いられるカレンダーのことです。そのカレンダーに私が撮影した写真をご利用いただくことがよくあったんですよ。できあがったカレンダーを見ているとだんだん、「自分でつくったらもっともっとよいカレンダーになる気がする」という、根拠のない自信が湧いてきまして(笑)それで実際につくってみると、思った以上にわからないことや難しいことがあって、いかに自分が無知だったのかよくわかりました。ただ、中途半端に事情を知っているとカレンダーづくりをしなかったかもしれないので、無知というのも時には悪くないなという(笑)

大瀬:素晴らしいお話をありがとうございます。若さゆえの勇気...。素晴らしい。

富井さん:カレンダーづくりを始めたのは50歳の時ですけどね。

大瀬:へあ!?

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カレンダーづくりを始めて今年で18年になる〈写真工房〉さん。写真はもちろん、カレンダーの使いやすさにもこだわっています。たとえば日付部分では、この写真で微かに見えるかどうかの罫線が入っているので、複数の予定を管理する際に便利。

大切なのは、楽しみながらつくるということ

大瀬:極めて個人的な話ですが、最後にご紹介する〈仏像〜古寺巡礼〉が一番好きです。

―なぜですか?

大瀬:仏像にとても興味関心があるからです。

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大瀬バイヤーのお気に入りは、奈良県・宝山寺にある「制タ迦童子立像」らしい。

―非常に明快な理由ですね。

富井さん:大瀬バイヤーお気に入りの制タ迦童子立像もそうなのですが、最も力を入れたのはやはり表紙ですね。奈良県は興福寺にある「阿修羅像」で、仏像ファンの中では不動の知名度と人気を誇る仏像です。

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富井さん:阿修羅像の特徴はさまざまな方向に伸びている手なので、本来はもう少し引き気味に撮るのですが、私は表紙にどうしても阿修羅像のアップの写真を使いたかったんですよ。アップの阿修羅像はあまり他で見ないので、そういう意味でもインパクトがあってよいなあと思いまして。ただ、やはり手がしっかり写っている引き気味の写真もやはりよくて、どうしようか非常に悩みました。その結果、表紙はアップにし、めくってすぐの1月に引き気味のものを入れています。

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こちらが1月の阿修羅像。

―仏像は風景写真とはまた違う難しさがあったりするのですか?

富井さん:どれも国宝や重要文化財ばかりなので、撮影の許可を取るにも骨が折れるんです。なので、風景とは違ってそもそも撮影できるチャンスが少なく、このカレンダーのためだけに新たに撮りに行くのも現実的ではなかったりするんですね。なので基本的にはストックされている写真の中から選んでいくことになるのですが、最近撮ったばかりというものはまずなく、何十年も前に撮ったものもザラにあります。それらを補正していくのに時間を要しますね。

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撮影時期やシチュエーションがバラバラだった写真を一枚一枚補正し、一つのカレンダーとして成り立つように調整していきます。

大瀬:このカレンダーの中に、数年前の写真もあればもっと昔のものもあると...。それらが集まって、2021年という新たな年を示していくなんて、なんとも浪漫溢れる話じゃありませんか。そんなことができるのも富井さん率いる〈写真工房〉さんたちの職人技と情熱があってのことで、心の底から脱帽です。
今回のお話を通じて、正統派のカレンダーづくりでトップを走り続けるための心構えというものを学ばせていただきました。特に印象的だったのが、1年中カレンダーや写真のことを考えているのがとても心地よいとおっしゃっていたこと。やはり、何を成すにも「楽しむ」ことはとても大切で、そういった前向きな姿勢だからこそ、少しでもよい仕上がりにしようと手が動くのだと感じました。

富井さん:ありがとうございます、そうおっしゃっていただけて何よりです。私たちがつくるカレンダーから、新しい年を前向きに過ごしたいと思えるパワーを感じていただけたら、本当につくり甲斐があるなと思います。来年、再来年も引き続き、楽しみながら突き詰めていきたいです。

大瀬:努力の先に「熱中」という、さらなるステージがあるのですね。今日のお話でまたひとつ、私のバイヤー道の階段を1歩のぼれたように思います。誠にありがとうございました。

おわりに

ハンズ歴29年の大ベテラン、大瀬が、定番の事務用品を始め、さまざまな文具の魅力に迫る連載記事。第十五回は、〈写真工房〉さんの職人技と情熱が詰まったカレンダーをご紹介しました!大瀬バイヤーは次回、どんなアイテムをピックアップするのか!?乞うご期待!

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