【連載vol.18】定番モノは文具沼への入り口 〜万年筆はここまで使いやすくなってきた編〜

この連載は、文具沼にハマった事務用品バイヤーの大瀬が、あなたを深い深い文具沼へと誘(いざな)う物語。今回は、万年筆が大好きな大瀬バイヤーたっての希望で、文具好きなら知らない人はいない万年筆メーカー〈プラチナ万年筆〉さんにインタビュー!2007年に登場してから累計販売数がなんと1,000万本を達成した化け物万年筆の〈プレピー〉などについてじっくり語り合ってきました。

万年筆の常識を覆した、新時代の万年筆

―大瀬さんこんにちは。今日は大瀬さんのリクエストで東京は台東区にある〈プラチナ万年筆〉さんの本社にやってきました。大瀬さんは万年筆好きとのことですが、普段から万年筆を使っているのですか?

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事務用品バイヤーの大瀬。幼いころから万年筆に精通していたというベテラン万年筆ラヴァー。

大瀬:ええ、今回ご紹介する〈プレピー〉は日常的に使っている万年筆です。累計販売数1,000万本を達成した大ヒットと言えるアイテムなのですが、かなり細かいところまでこだわりが行き届いていて、人気になるのも頷けます。

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プラチナ(PLATINUM) プレピー クリスタル 細字 440円(税込)

―なるほど。...って、1本440円なんですか!?安っ!

大瀬:否(いな)!

―い、否...!?

大瀬:値段だけで驚くのはまだ早い。安さだけで見れば巷にはより安い万年筆もないことはないですから。この〈プレピー〉の驚くべきところは、ものすごくコストパフォーマンスが高いということ。あれもこれも詰まって、それでこの値段というのがすごいのです。ですよね、開発本部・部長の柳迫(やなぎさこ)さん。

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開発本部・部長 柳迫さん

柳迫さん:はい、コストパフォーマンスはかなり意識しています!このお話をするにあたり、まずは〈プレピー〉が生まれたきっかけについてご紹介させてください。これは先代の社長である中田俊弘のお話なのですが、彼はずっと「学生さんが日常的に万年筆を使えるようにできないか」という思いを抱いていたんですね。ヨーロッパでは初等教育から授業で万年筆がよく使われていたり、アメリカでも学生さんが万年筆を使うのは珍しくないらしく、海外でのそういった万年筆のあり方がなぜ日本では浸透しないのだろうと悩んでいたんです。

―万年筆って使わないでいるといつの間にインクが固まっちゃって、たまに「使おうかな」と手に取った時にはもうインクが取れず、書けない...みたいなことってありますよね...。

柳迫さん:まさにそれだと思うんですよ、万年筆が日常の中に浸透し切らない理由って。ボールペンやシャープペンと比べると、万年筆ってちょっと敷居が高いじゃないですか。ボールペンとかに浮気して、手に取らない期間が空いちゃうとすぐ固まっちゃうし、定期的なお掃除が必要だし...。それらもハマってしまえば逆に魅力となるものですが、やはり学生さんからしたら面倒くさいと思うんです。

大瀬:昔はよく、小学校から中学校に進級する時とかに、両親から万年筆を贈られることがありましたね。もらった時はちょっと触ってみるんですが、やはり多くの人はそこから毎日のように書き続けることはなく、ちょっと放っておくんですよ。で、また精神年齢が上がったりして久々に手に取ってみると、もうカピカピという...。

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―ああ...。ありますね。

柳迫さん:話の流れがうまいこと行きすぎかもしれませんが、〈プレピー〉はその「インクの乾き」というものを解決する機能を持った万年筆なんです...!

―なんと...!具体的にはどのような機能なのですか?

柳迫さん:ポイントはキャップ部分にあります。一般的な万年筆の場合は、キャップをカポッとはめた場合でも、完全に密閉されているわけではないんですね。密閉させてしまうと空気が中にたまって、また開けた時に気圧の関係でインクが出過ぎてしまうんです。これを俗に「ポンピング」と言うのですが、今までは密閉させないこと以外に防ぐ方法がありませんでした。

―一般的な万年筆はそのポンピングを防ぐためにインクの乾きやすさには目をつむっているということなんですね。

柳迫さん:まあ、そういうことになります。でも、そこで妥協してしまってはいかんということで、この常識を変えるようなアイデアを考えていきました。その結果、キャップ部分にスプリングを埋め込むという発想が出てきまして。

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―スプリング...!?

柳迫さん:ポンピングというのは言ってみれば、キャップの開閉の勢いで気圧が急激に変わることによって起こってしまうものですが、スプリングのおかげでその勢いをなくすことが出来たんですよ。これはかなり大きい発見でした。

大瀬:この値段でこの機能が付いているのは本当に天晴れですよ。普通はもっとハイグレードなものに付いているものですから。

―この機能のおかげで「乾き」の問題をクリアし、ボールペンと同じような気軽さで使えるようになったのですね!すごい...!

柳迫さん:ただ、今だから言えることなのですが、発売当初は正直不安でした。この技術は各パーツのグラム数などが緻密に設計されているのですが、こわいのは「個体差」。テストした限りでは大丈夫ではあるものの、10万本とか100万本といった規模で大量生産していくと、どうしても1本はばらつきのあるものが生まれてしまうんですよ。たかが100万本のうちの1本、なんて割り切ることはできませんよね、その1本に偶然当たってしまった方の万年筆への印象はとても悪くなってしまいますから。ただ、今までになかったものであるがゆえに、ばらつきが実際どのくらい出るのかわからないところもあったので、恐怖心を持ちつつ販売したんです。

―その結果は...。

柳迫さん:嬉しいことに発売して1年が経っても、ネガティブなお声をいただくことはありませんでした。そこで初めて、この技術に確信を持つことができたんです。

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大瀬:常識を変えるにはリスクを取る勇気が必要ということですね。学びになります。

―大瀬さん的にはやはりこの「スリップシール機構」にグッときたのですか?

大瀬:もちろんそうですし、他にもグッときたところはいろいろありますよ。たとえばインクの仕様。普通、この価格帯のものだったら、コストの関係なのか、カートリッジ式のインクは採用しません。

柳迫さん:さすがの視点ですね(笑)おっしゃる通り、カートリッジ式にすると、入れ替えをするためのパーツも組み込まないといけないので1本あたりの製造コストは高くなります。ただ、カートリッジ式は、インクがなくなったら新しいものをスポッと入れるだけでいいのでとても楽チン。学生さんやビギナーの方々に気軽に使っていただきたかったので、ここを捨てるわけにはいきませんでした。

大瀬:素晴しきお客様目線。いやあ、天晴れな姿勢です。

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【ちょっとひと息】創業者の中田俊一銅像を見つめる大瀬バイヤー

まだまだ続く〈プレピー〉トークと、クラシックインクの話

柳迫さん:あとは、万年筆と言えばやはり大切なのは「ペン先」。安価な商品だからと言ってここをおざなりにしてしまうと、もう全く価値がなくなってしまいます。ペン先の良し悪しを決める大きなポイントに「耐摩耗性」があります。要は、ずっと書いていてもペン先が削れにくいかどうかということです。安価なものは耐摩耗性が低いので、ある程度書いているとだんだん書き味が悪くなってしまうのですが、〈プレピー〉はそこについても妥協はしませんでした。万年筆を初めて使う方のためのものなので、もし〈プレピー〉が書いていてすぐに書きづらくなってしまったら、万年筆自体がそういうものだという印象になってしまうじゃないですか。それだけは絶対にあってはならないと思うので、できる限り耐摩耗性のある合金を採用しています。

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通常よりも0.05mm薄いステンレス板を使用。そうすることによって力を入れた時にしなりやすくなり、筆圧をかけた時とそうでない時にメリハリが出やすくなっています。なので文章を書く際にリズム感が生まれ、ずっと書いていたくなるような心地よさを感じられるのだとか。

柳迫さん:ペン先はペンポイントとペンボディ、それぞれ製造し、電気溶着をして最終的に先端部分を研磨していくのですが、特に研磨は精度を要するし、同質のものを大量につくるのはとてもコストがかかるものなんですね。ここで言うコストというのは、単純につくるだけの話ではなく、その品質をチェックする分のコストも含まれています。市場に出してOKかどうかの基準を厳しくすればするほどコストはかかるのですが、〈プレピー〉については数千円するレベルと同じ基準を設けています。

―どのように基準を満たしているかチェックしているのですか?何か専用の機械があるのですか?

柳迫さん:こればっかりは人間の目に頼るしかないので、経験を積んだ社員が顕微鏡を使って30倍の大きさで見ながら1本1本良し悪しを判断しています。

大瀬:30倍!?それはすごい...。ここまでお話をお聞きしていて、どの角度から見てもこだわってつくり込んでいることがよく伝わってきました。しかもこの金額ですから、1本だけでなく複数本買って、いろいろなインクを楽しむのも一興。私も実際そうやって万年筆で遊んでいますよ。

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大瀬バイヤーがプライベートで描いているというイラスト。これもさまざまな色の万年筆を使って描いているらしいです。

柳迫さん:おお!すごい、お上手ですね!

―万年筆でイラストって描けるものなんですね...!

柳迫さん:イラストを描く方は思ったよりもたくさんいらっしゃいますよ。弊社では以前〈プレピー〉を使って年賀状を書こうという"ペン画コンテスト"を実施したことがあったのですが、我々もびっくりするくらいの応募がありました。ボールペンと違って筆圧をかける必要がないし、メリハリをつけて描けるので躍動感のあるイラストを描きやすいということで、漫画家さんなどもよく万年筆を使っていると聞いています。

大瀬:ここ数年でインクのカラーの種類がとても増えてきましたから、自分のお気に入りの1色を見つけるもよし、複数の色を用途や気分に合わせて使い分けるもよし。万年筆の楽しみ方は思った以上に多くあるんですよね。

―ただ、ビギナーも私もこれまで何度か万年筆とインクボトルを買ったことがあるのですが、それほど日常的に何かを書く習慣があまりないので、インクを使い切った試しがなくて...。もう少し書く機会があってインクの消費量が多ければ、もっと気軽にさまざまなインクを試せると思うのですが、なんだかちょっとハードルが高いと言いますか...。

柳迫さん:弊社が取り扱っているスタンダードなインクボトルの量は60ml入っているのですが、それは確かにかなりの量で、ビギナーの方が使い切るまでは相当な時間がかかると思います。なので、そういった声にお応えする商品が実はございまして。弊社が取り扱っている〈クラシックインク〉6色を気軽にお使いいただけるようにとつくったこちらです。

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プラチナ(PLATINUM) クラシックインク エントリーセット3500 3,850円(税込)

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通常サイズは60ml。

―なるほど...!お試しサイズってことですね!ちなみに、〈クラシックインク〉というのは...?

柳迫さん:少し話が遠回りしますが、かつて国の公文書などを保管するために耐水・耐光性に優れたインクが必要となり、それで開発されたのが、ブルーブラックカラーのインクなんですね。日光や湿気によって褐色しないし、耐水性も高く、固まると水では落ちないなど、永久保存に最適なインクです。そして、このインクが生まれた時に使われていた製造方法が特殊でして、今ではこの方法に代わる、より低コストでつくっているメーカーさんが多いです。

―保存性にすぐれていること以外に、その製造方法でつくられたインクにはどういった特徴があるのですか?

柳迫さん:書き始めは鮮やかな染料色、時間の経過とともに黒く変化していくのが特徴です。ブルーブラックで言うと、書き始めは青っぽい色だったのが時間とともにだんだんと真っ黒になっていくんですよ。この特徴はそもそも長期保存用に開発されたものだったのですが、この「時間とともに変わっていく色」って面白いんじゃないか?と思い、古典的な手法を使った色の経年変化を楽しむインクというコンセプトで開発されたのが〈クラシックインク〉です。

―なるほど、そういうことですね!この6色の中で特におすすめの色ってありますか?

柳迫さん:そうですねえ、色の変化がよりはっきりと出てくるのは薄い色なので、シトラスブラックあたりがよいかもしれません。

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大瀬:私もシトラスブラックが好きです。コンセプトを一番体現している、書いていて楽しくなる色ですね。ちなみに、このエントリーセットはハンズ限定発売なので、よろしくお願いいたします。

―重要なセールスポイントを最後にさらっと入れてきた...。ということで、ハンズ以外にはこのセットはございませんので、お求めの際はご注意くださいね。

とにかくもっと多くの方々に、より気軽に万年筆を使って欲しい

大瀬:〈プレピー〉の他にもう一つご覧いただきたい万年筆がありまして、それがこちら〈プロシオン〉です。これも私は日常的に使っていて、〈プレピー〉でも十分なのですが、全体的にグレードがいくつも上がったモデルとなっています。

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プラチナ(PLATINUM) プロシオン万年筆 (細字、中字) 各5,500円(税込)

柳迫さん:〈プレピー〉も〈プロシオン〉もお使いいただいているなんて...。ありがたい限りです。この〈プロシオン〉ですが、〈プレピー〉でご説明した「スリップシール機構」を同様に搭載し、かつ、こちらはキャップがスクリュータイプになっているのでさらに乾きにくく、仮に2年ほど使わなかったとしてもサラッと書けるようになっています。そして、〈プレピー〉に比べて大きく違うのが、ペン先の部分。見えにくいかもしれませんが、ペン先の裏側に穴が開いていて、ここからインクを吸うことができるようになっています。

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―そうすると何が変わるのでしょう?

柳迫さん:従来のものは、インクをコンバーターで吸い上げる時に、ペン先だけでなくもっと根元までインクにつけなくてはいけないんですね。そうすると、吸い上げた後に根元に付いたインクを拭き取らないといけなくて、この作業も万年筆の味と言えば味なのですが、〈プロシオン〉にも〈プレピー〉と同じく、もっと気軽に万年筆を使っていただきたいという思いがあったので改良しました。この設計は実はかなりの技術が必要とされるものでして、万年筆の中でもより高価格帯、数万円のものにしかなかったのですが、なんとかがんばって〈プロシオン〉に付けることができました...!

大瀬:その努力が評価されないわけはなく、発売された2018年の翌年に発表された「日本文具大賞」で早速、機能部門のグランプリを受賞されましたね。いやあ、これはすごいですよ。また、ペン先の構造にもこだわっていて、ステンレス素材なので高価格帯のものに使われているようないわゆる「金ペン」ではないのですが、ステンレスながら金ペンと同じような書き心地を突き詰めています。〈プレピー〉でお話したペン先のしなりを、この〈プロシオン〉では存分に感じることができるようになっていて、筆圧をかけなくてもメリハリのある文字をリズミカルに書くことが可能。万年筆の書き心地をしっかり体験できるようになっています。

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大瀬バイヤーの愛用カラーは「ポーセリンホワイト」。

―デザインも洗練されている感じがしてよいですね。カラー展開も豊富ですし。

柳迫さん:万年筆と言えばやはりまだ、「大人の男性の趣味」といったイメージが強いと思うのですが、先ほどもお話したように、老若男女誰でも気軽に使っていただきたいと思うんです。なのでデザインも、誰にとっても自分だけのお気に入りが見つかるようなものに仕上げています。それでいて、万年筆を持つ喜びというものを直感的に感じていただけたらという思いで特殊塗装を施し、ポップさと高級感を併せ持つようにしました。

大瀬:〈プレピー〉はボディがプラスチックでできていましたが、〈プロシオン〉はアルミボディですね。持った時に負担を全然感じない、このバランス。まさしく匠の技と言って差し支えないでしょう。これは1919年の創業以来、長きにわたってペンづくりを行ってきた技術の結晶だと思います。

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〈プロシオン〉はギフトに選ばれることもよくあるとのこと。確かにもらって嬉しい、ちょうどよいプレゼントかもしれません。

柳迫さん:ありがとうございます!今回ご紹介した万年筆にはとても多くのスタッフの技術や熱意が込められていますので、そうおっしゃっていただけて嬉しいです。

大瀬:そういった、長年積み重ねてきた技術などがこれでもかというほどに搭載されているにも関わらず、〈プレピー〉や〈プロシオン〉には、その歴史からくる妙な"重み"がないことがすごいですよ。普通の顔をして常人にはできないことをサラッとやりとげるような凄みを感じて、それがたまらない。「もっと気軽に万年筆を使って欲しい」という信念のもと、技術を自信ありげに押し付けるのではなく、あくまでお客さまにとって何が大切かというのも考え抜かれている。なので、これらの万年筆がきちんと世の中で評価されているのが私は嬉しいです。市場の中で目立とうとして闇雲に奇策に走らず、常にお客さまを見つめるその姿勢、私もいちバイヤーとして大いに参考にさせていただきたいと思います。本日は誠にありがとうございました。

おわりに

ハンズ歴30年の大ベテラン、大瀬が、定番の事務用品を始め、さまざまな文具の魅力に迫る連載記事。第十八回は、〈プラチナ万年筆〉さんの、学生さんや万年筆ビギナーの方々におすすめ万年筆をご紹介しました!大瀬バイヤーは次回、どんなアイテムをピックアップするのか!?乞うご期待!

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